盛岡地方裁判所一関支部 平成元年(ワ)110号 判決 1991年7月25日
主文
一 被告は、原告らに対し、それぞれ金六七〇万一八一三円及びこれに対する平成元年二月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その三を原告らの負担とする。
四 この判決一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ金二〇五七万八六四〇円及びこれに対する平成元年二月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 菅原順一(以下、被害者という。)は、平成元年二月二一日午後九時四〇分ころ、埼玉県鴻巣市三ツ木四六一番地一先国道上(以下、本件事故現場という。)で、大宮市方面から熊谷市方面に向けて進行してきた被告運転の普通乗用自動車(熊谷五六す三八三九、以下、被告車という。)にはね飛ばされ、同日午後一一時五六分ころ、同県北足立郡吹上町の村越外科で骨盤内臓器損傷による出血性ショックのため死亡した(以下右事故を本件事故という。)
2 本件事故現場の制限速度は時速五〇キロメートルであつた。
3 被告は、被告車の保有者であり自動車損害賠償法三条及び民法七〇九条による損害賠償責任を負担する。
4 原告らは、被害者の両親であり、法定相続分に従いそれぞれ二分の一の割合で被害者が本件事故により被つた損害を相続した。
二 争点
争点は、損害の額及び過失相殺の割合である。
第三判断
一 損害について
1 治療費、文書料及び旅費は合計五二万一五四〇円である(甲一号証)。
2 被害者は死亡当時満二三歳(昭和四〇年一二月二六日生)の健康な独身男性で、大工として稼働していたものであり(原告菅原甫本人)、本件事故に遭わなければ満六七歳まで稼働可能であつたと認められる。ところで、被害者の収入の額について争いがあるところ、その事故前一年間の実収入を表示している証拠であると認められる甲一三号証の一ないし三、乙五、六号証(成立は弁論の全趣旨によつて認める)によれば、被害者の昭和六三年二月から平成元年一月までの収入は合計三二五万四二〇〇円であると認められる(右各証拠のうち同一月で金額が異なるものは多額の方による。)。
右収入に基づき、生活費控除率を五〇パーセント、ホフマン式により中間利息を控除して被害者の逸失利益を算出すると三七二九万八〇一三円となる。
325万4200円×0.5×22.923=3729万8013円
原告は、被害者の年収は四六五万五〇〇〇円である旨主張し、これに沿う甲二〇号証を提出するが、甲二〇号証は被害者の所得についての昭和六三年度の修正申告書であるところ、原告菅原甫が右修正申告を行つた動機が本件事故による逸失利益算定の基礎にするためであつたことは原告らの自認するところであるのみならず、菅原甫本人によれば、右修正申告額については、昭和六三年における被害者の稼働日数に一日あたり二万二〇〇〇円を乗じて算出したというのであるが、被害者が昭和六三年二月から一〇月まで一日あたり二万二〇〇〇円の収入を得ていたことを認めるに足りる証拠はないから、甲二〇号証によつては被害者の収入を認定することはできないし、原告らが提出するその余の証拠は、被害者の実収入を示すものではないから、これらによつても被害者の収入を認定することはできない。
3 慰謝料
本件事故の態様、被害者の年齢等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、被害者の慰謝料は一五〇〇万円が相当である。
4 葬儀費用
本件に現れた諸事情によれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一〇〇万円をもつて相当と認められる。
二 過失相殺
1 乙一ないし四号証、被告本人によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、鴻巣市の北方に位置する国道一七号線と鴻巣市道との交差点で、付近には商店、民家が点在し、交通量は多い。
国道一七号線は幅員一五・五メートル、中央に分離帯があり上り下り共二車線の道路で上り車線には幅員二・六メートル、下り車線には幅員二・三メートルの歩道及び交差点直近に歩道橋が設置され、指定最高速度が五〇キロメートル毎時に制限されている外、駐停車禁止、指定横断等禁止となつている。
(二) 本件事故当時は、さほど強くはなかつたがワイパーを使用する程度の雨が降つており、アスファルト舗装の路面は濡れていた。本件事故現場付近の上り車線歩道橋に街灯が設置されているが本件事故現場にはほとんど照射していない。
(三) 本件事故現場近辺に居住していた上條吉彦は、本件事故が発生する前に乗用車を運転して国道一七号線を熊谷市方面から大宮市方面に向け第二車線を進行していたところ、二〇〇メートル位前方の交差点に、前照灯及び前後左右の点滅灯が点灯したまま、中央分離帯に乗り上げ、上り車線の第二車線を塞いでいる状態で停車している車両(黒色ニッサンセドリック岩五六り二三五六、以下、被害車両という。)があり、右車両の脇の第二車線上に助けを求めている被害者を発見したので、被害者を援助しようと考え、同人と共に中央分離帯に乗り上げた被害車両を動かそうとした。
(四) 被害者がどのような経過で被害車両を中央分離帯に乗り上げたかは不明であるが、本件事故直前、右車両は右後輪を中央分離帯に乗り上げ、国道一七号線に対し斜めになり、車体で上り車線の第二車線のほぼ三分の二を塞ぎ、右後部トランクの角が下り車線の第二車線の約四分の一程度まではみ出して停車していた。
(五) 被害車両を動かそうとして、上條吉彦は別紙現場見取図(以下、別紙図面という。)の被害車両右後輪の脇に、被害者は同図面<ア>の同車両右テールランプの後ろに位置し、上條吉彦がサイドブレーキが引いてあるかを確認し、被害者に三角板を出した方がよいと言つた直後に、大宮市方面から走つてきた車のライトが見え、危ないと言つた瞬間、右車両に衝突された。
(六) 被告は、前照灯を下向きにして時速約五〇キロメートルで国道一七号線下り第一車線を進行していたが、前方(別紙図面)に貨物自動車が走っており見通しが悪かつたため、これを追い越そうとして別紙図面<1>で右に進路変更のためウインカーを出して加速し始め、<2>で第二車線に進路変更して時速約七〇キロメートルで貨物自動車を追越し、衝突地点から二三・二メートルの<3>に来たとき中央分離帯に乗り上げ停車している被害車両(別紙図面<甲>)を発見し、衝突の危険を感じ急ブレーキをかけながら左にハンドルを切つて<4>(衝突地点から一一・七メートル)まで進行したときと<ア>に人影を認めたが避けることができず、<×>で衝突した。
(七) 被告車に跳ね飛ばされ、被害者は別紙図面<イ>に、上條はにそれぞれ転倒し、被告者は<5>に停止した。
(八) 事故後の実況見分によると、被告車の前照灯の照射範囲内で前方に存在する被害車両が見える最長距離は二九・六メートルであつた。また、被害者が右テールランプの後ろに位置していたため、被告の進行方向からは、被害車両の右後部の点滅灯は見えない状態であつた。
2 右事実によつて、被告の過失の内容を検討するに、本件事故時の状況下において、事故現場を時速七〇キロメートルで進行した場合の自動車の制動距離は約六三・〇六メートル(路面の摩擦係数〇・三)であるから、被告が仮に衝突地点の二九・六メートル手前で被害者を発見して急制動の措置を取つたとしても、被害者に衝突せずにその前方で停止することは不可能であるから被告の過失は単純な前方注意義務違反ではない。
また、原告らは、被告が前方を十分注視し、衝突地点の二九・六メートル手前で被害者を発見して的確にハンドル操作を行えば被害者との衝突は回避できた旨主張するが、別紙図面及び前記認定の被告車と被害者及び追い越した貨物自動車との位置関係、被告車の速度、本件事故現場の状況に照らすと、被告がハンドル操作で被害者との衝突を回避することは極めて困難であると考えられるから、被告は前方を注視しかつハンドルを的確に操作すべき注意義務に違反したともいえない。
そうすると、被告の本件事故における過失は、本件事故現場の状況、天候等に照らし、下向きの前照灯の照射範囲内で障害物を発見した場合はその前で停止し或は的確にハンドル操作を行うなどによつて衝突を回避し得る速度で走行すべきであつたのにこれに違反し、時速七〇キロメートルの高速度で進行したことにあるというべきであり、被告の右過失は、運転に際しては道路状況、天候等周囲の状況に即応して安全な速度で運転すべきであるという基本的な注意義務を怠つたものといわなければならない。
3 次に、被害者は、交通量の多い幹線道路において、運転する車両を中央分離帯に乗り上げ、道路の一部を塞ぐ形で停止させ、後続車両等がこれに衝突する等のおそれのある危険な状態を発生させたのであるから、右危険を防止するために適切な処置を行う義務があつた。そして、国道一七号線の上り車線においては、被害車両の前照灯が点灯していたことから、相当離れた所からも右車両を発見することは可能であつたのに対し、同国道の下り車線については、第二車線上に右後方のトランク部分の一部がはみ出しており、点滅灯が点灯していたとはいえ雨が降つており見通しは悪かつたのであるから、同国道の下り車線の第二車線については特に、停止表示板を設置する等して接近する車両に障害物の存在を了知せしめるべきであつたにもかかわらず、何らの措置もしなかつたことに加え、同国道は交通量が多い幹線道路で本件事故現場の交差点には横断歩道もなく、歩道橋が設置されており、人が道路上に存在することは考えにくい場所であること、前記認定の被害者の位置関係及び被害車の撤去作業の態様等の諸事情に徴すると、本件事故の発生については被害者にも相当の落度があつたものといわざるを得ない。
4 以上を総合勘案すると、本件事故における被害者と被告の過失の割合は、被告が七割、被害者が三割とするのが相当である。
三 前記一認定の損害額に三割の過失相殺をすると、被告が賠償すべき損害額は三七六七万三六八七円であり、原告ら賠償すべき損害額は三七六七万三六八七であり、原告らは、法定相続分に従いその二分の一ずつを取得した。
四 原告らが治療関係費として四七万〇〇六〇円の支払いを受けた外、自動車損害賠償責任保険に対して被害者請求をして二五〇〇万円の支払いを受けたことは、原告らが自認するところであるからこれらを控除すると、原告らが被告に対し、請求できる金額は各六一〇万一八一三円である。
五 本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は一二〇万円と認めるのが相当である。
(裁判官 荒井純哉)
別紙 <省略>